2007年3月10日土曜日
2007年2月26日月曜日
2007年2月22日木曜日
見つかった棟札


肥後屋中二階の納戸に残されていた棟札。
平成2年(1990)の大改装の際、
ほぼ90年ぶりに、5㎝ほども積もった埃の下から
墨書された側が下向きになった形で
埋もれているのが見つかった。
ほとんど空気に触れていなかったために
紀元二千五百六十年
天御中主命天照御神
今上皇帝
などと書かれている文字もはっきりしている。
cf.kimura saiji
2007年2月7日水曜日
通信NO.002:ヌーベル肥後屋本店の建物の由来
現在の肥後屋の本店は紀元2560年(西暦1900年)明治33年に初代本村万太郎の次男、本村斎次(のち木村姓となる)によって建てられたものです。彼は幕末に僅か15歳という若さでフランスに渡り、帰国後1885年の第一回ハワイ官製移民の監督官として再び海外生活に入りました。
この4年後1889年から始まった浄土真宗本願寺派のハワイ宣布活動に曜日(かがひ)蒼龍師が來布した時からその後來布する今村恵猛(えみょう)師に至るまで、自身も真宗の門徒の家の生まれであった事もあって布教場の開設などに尽力して抜群の功績を残したと言われています。彼はまたその後ハワイの日本人人口が半分にも達する礎になる日本人社会の発展に大きく貢献し、その後1918年その偉業を讃えて知友によりモイリリ日本人墓地に「木村斎次君之碑」が建立されて「万霊塔」や「明治元年移民のハワイ渡航百年」の石塔などとともに現存しています。彼は現在東京青山の墓地に眠っています。
<参考資料> http://www.payer.de/neobuddhismus/neobud0402.htm
モイリリ日本人墓地: kimura(motomura) saiji
http://www.obehawaii.com/documents/OnlyByEmbracingOctober2006.doc
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